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僧侶の生活とは??
お寺での生活のメインは瞑想であり、この修行によって1人1人が悟りを見出すということ。
俺が始めたときはもうほかの人らはここでの生活をほとんど終えていて、最後のほうは托鉢のとき俺だけでした(笑)。
僧侶の1日の始まりは早いです。朝も暗い3時くらいに起きて最初の瞑想の時間が始まります。
瞑想は最初、アナバナ呼吸法といって、吸ったり、吐いたりする呼吸を何十分かします。
これをかなりのハイスピードで繰り返さないとイカンので相当しんどい!!
これをすることによって心にある雑念をなくす。そのあとは1時間くらいの瞑想タイム。座禅を組み、物事をあるがままにみる境地までいきます。
この瞑想、ただじっとしているんですが、座禅を組むのになれてへんからそうとうキツイ。ゆらゆら動いてしまいます。
この瞑想が1日4回あります。それが終わると托鉢の時間。これはさっきも少し言うたけど信者の人からの施しをうける僧侶の食事です。
托鉢バージョンに正装を変えて、鐘をついて托鉢を知らせる人を先頭に歩きます。お寺の近辺を周り、家の玄関先で施しをうけます。
すべての家じゃあないけどほとんどの信者が玄関先に立って準備しています。
帰るとご飯の準備、俺ら僧侶のご飯は午前中のみ、午後からは食べてはいけない。
“徳”を積む
さてさて瞑想時間中は自由です。若い連中なんかは瞑想時間をスキップするやつまでいましたから、お寺の中は明るかったなあ。
みんなたいてい掃除やら、善行を積極的に行い「徳」を積んでいます。
托鉢もそうやけどこの「徳」を積むことによって仏教では来世も安泰に迎えられるといわれている。
少し日本語ができる僧侶がいたので話を聞いた。ほかのお寺でもドイツ人やオランダ人の僧侶も長い年月として修行してるとのいこと。
ミャンマーでは外国人の僧侶もたくさんいるんやって。
時間があったんでお寺の外へ出かけてみた。外を歩いてもどこどこ寺の僧侶がたくさんいたなあ。街を眺めてみると僧侶専門の病院もあるくらい、僧侶の数が多いんやろうなあ。
チャウターパゴダかスーレーパゴダかに行ったときは、もお僧侶しかいませんでしたね(笑)。
俺が行ってたお寺よりも何倍もの僧侶が瞑想をしてた。
横たわる釈迦像を前に俺も瞑想を……。
そして俗世へ・・・
最後の方は同じ部屋にいた兄ちゃんもみんな帰ってしまい、お寺は静かになった。
瞑想の時間、以前やったらようさんいた僧侶も、気づけば俺一人になってしまった!! その中でも慣れたのか瞑想の時間の呼吸法。当初とは違いカナリの成長が見られた。
瞑想をたくさんすることによって、ゆっくりと自分のペースで考えられるようになった。
自分を見つめなおす意味でも、お寺へ行ったことは正解やった思う。
お寺へくる人たちに毎回祈られるんは最後までヘンな感じやったけど(笑)。
瞑想のときふと、思った。今まで何であんなことでへこんでたんやろう??? そう思ったとき、今まではってた肩がゆるんですごい楽になった。
これが悟りというのかはわからんけれども、何かひと山乗り越えた感が。
お寺を去るときが来た。俗世へ戻る儀式を済ませ、今まできていた僧侶の服、托鉢の入れもんを返す。お寺のえらいさんに。
これからもがんばりや〜
と、ねぎらいのコトバをもらった。
僧侶から人間に戻ったときは修行を終えたことも含めて感慨深いものがあったなあ。
これからも先に進めるように
お寺を去るときに今までのしんどかったお寺での思い出が思い起こされる。
朝3時に起きるんはホンマ辛かって、よくほかの僧侶にたたき起こされてたなあ。
托鉢に行ったとき、毎日欠かさず玄関先に立っていたおばさん。瞑想中、体がゆらゆらして集中力がなかったけど、最後のほうはまったく気にならんようになったり。
食事が、ウエハースとご飯だけやったときはびっくりした。初めて呼吸法を実践したとき、あまりにもの激しさに意識が半分飛んだり……。
たくさんの貴重な経験をさせてもらい、これからも先に進めるように気持ちもすっきりした。
お寺にありがとうの気持ちをこめて一礼しました。
これから辛いことがたくさんあったら、ここでの修行を思い出そう。
道に迷い悩んだら、瞑想をしてみよう。
ここで得たことすべてが、俺にとって素晴らしい思い出、そして力になりました。

浅野裕(アサノユタカ)。5月11日生まれ、おうし座、A型、京都府出身。
熱い恋愛を目指し、某人気番組(CX系)に参加。
アメリカ〜アジア〜マダガスカルまで約1年間、合計11ヶ国を旅する。
帰国後、英語の持つ魅力にひかれ、バンクーバーへの留学を決意&渡加。
これまで行った場所や、その素晴らしさを伝えるため、コラムスタート!
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